瀬戸内町西端目指し、いざ”西古見”へ!(古志〜西古見)
古志から久慈までは入り江が湾のようになっているため、眺望がひらけ大島海峡のすばらしい景色を楽しみながらドライブができました。久慈集落は沿岸が整備され、きれいな公園があります。ここでは、ゆっくりと穏やかな眺望を楽しむことができます。
久慈をちょっと過ぎたあたり、目に入ってきた海の色にハッとして車を止めました。ここは、変化に富んだエメラルド色の海面が、遠く加計呂麻島まで望める絶好の景色です。そのあまりにも美しい海の色に心を奪われ、何度も何度もため息を漏らしました。
こんな風に綺麗な景色を目にする度、いちいち感激して立ち止まっていると、目的地まではなかなか到着できやしません。だって、奄美には当たり前のようにあるものですから。でも、こんなに美しい景色はめったに見られるもんじゃないから、やり過ごすにはもったいないと思ってしまうのです。
途中、野生のヤギに遭遇しながら花天を抜け、次の管鈍へ入りました。この管鈍を抜ければ、もうすぐ西古見です。今日の最終目標は西古見で沈む夕陽をばっちり撮影すること。急がなければ日が暮れてしまいます。
道草をせずに管鈍を通り過ぎようとしましたが、またしても廃校になった、小学校をみつけたので、少しお邪魔させていただきました。
古志小学校よりも、大きい小学校で、草も生え放題というわけではありません。今は夏休みで誰もいないだけ、という印象を受けました。学校の裏には透き通った川が流れ、海へと注いでいます。私の通っていた小学校も今はありませんが、たまに懐かしく思い出すことがあります。このような環境で学んで、都会へ出ていった人たちは、より大切な場所として強い思いが残っているでしょう。
校内をぐるっと回って校門へ戻ると、二宮金次郎像をみつけました。小学校には何故かどこにでもありますね。しかし管鈍の金次郎像は一味違いました。像の台座には、大きく「BOYS,BE AMBITIOUS」の文字が。これは確か生前の金次郎氏が、ことあるごとに言っていた言葉だったと記憶しております。
管鈍を早々と切り上げ、ようやく西古見へ到着したころには、日も翳り始めていました。
西古見は、海岸の道路沿いにサンゴの石垣が続く、素敵な集落です。
集落内を散策していると、アダンの実でヤドカリ集めをしていたAさんと出会いました。Aさんは集落一円、桟橋、浜まで、西古見集落の文化や景観についてガイドしてくれました。夕方だったため、ハブ警戒のために慎重に草むらを「用心棒」でたたきながら先導してくれる、優しいおじさんでした。私が先刻、山の上の金比羅様へお参りしてきたことを告げると、先日からハブが良く出るから気をつけなさいと、注意されてしまいました。
私は、この言葉のおかげで、徐々にハブに対する警戒心を持つことができ、今ではすっかりハブ恐怖症にまでなっております。今までのように、ずかずか草むらを分け入ったりしません。人目につかない山陰でちょっと立小便(本当はいけないこと)なんて、もう絶対しない。やるなら日本男児らしく、ひらけた場所で、堂々と己のハブをさらすつもりであります(猛毒はありませんヨ)!
そろそろ日が沈みつつありましたが、太陽の沈んでいく方向が山の向こうらしいので、石垣で涼んでいたオバアさんたちに尋ねると、ここから海に沈む夕陽は9月頃じゃないと見られないということでした。「今の時期は、山を上ると見られるけど、危ないから行かないほうがいい」と諭され、海に沈む夕陽を見るのはあきらめようとしていたとき、集落内を案内してくれたAさんが、車で先導して見晴台までつれていってあげると言います。お言葉に甘え、案内していただくことにしました。
集落の先に、山へと続く狭い舗装道を行けば、旧日本陸軍が使用していた西古見砲台跡にたどり着きます。戦時中ここは、米軍による爆撃をうけたことがあります。
砲台からしばらく山道を上がると見晴台があります。ここは、西古見の区長さんが指揮を執って、道路の舗装から見晴台の整備までを行ったそうです。そして、そのとき発見されたのが、射撃目標の方向と距離を測定し、山陰に設置された西古見砲台への連絡を担っていた「掩蓋式観測所」です。それまでは外部から全く発見されないように、草木に覆われていたため、最近まで誰にも知られることはありませんでした。

円状の狭い濠の中から見ると、南から接近してくる船がよく見えることが確認できます。
日本の軍部が大島海峡を重要な戦略基地と位置づけていたことが、このことからもよくわかりました。
我々が写真をとるため、あっちこっち歩き回るたび、Aさんは草むらをたたいて回ってくれました。
夕陽を眺めるためには、この見晴台からさらに上る必要があるということで、半島の突端曽津高崎まで舗装されていない細い道をひたすら進みました。かなり道が悪く、何度か車の腹をこすりながら、19時15分をまわったところで最終地点曽津高崎展望台に着きました。
曽津高崎展望台から灯台が見えますが、そこまでの道はありません。以前、Aさんはこの先へ進もうとして、いきなり道がなくなり、危うく崖から転落するところだったそうです。なんの標識も立てていないところが奄美人のご愛嬌ですね。
もうすぐ日が沈みます。さすがに曽津高崎までくると太陽が海へ沈む姿を十分拝むことができそうでした。しかし、せっかくここまできたのに、帰り道が危険なので、海に沈む夕陽を撮影することは、断念。早々と引き返すことにしました。
しばらく道を下ると、先導するAさんが車の速度を落とし、窓の外を指差しているのが見えました。その方向を見ると、空も海も、もう夕焼けに染まっているではありませんか。この景色を見られただけでも十分来た甲斐があったと、しみじみ眺めようと思いきや、Aさんサッサと山を下りちゃうので、本当に”チラ見”でした。
その後何度か横目に見るチャンスがあったんですが、Aさん一向に止まってくれる気配がないので、結果”3チラ見”でした。
西古見集落へ戻ると、あたりはすっかり暗くなっていました。堤防沿いに置いてある船の前で、Aさんへ長々とお付き合いしてくれたお礼をして、お別れしました。
ここからヤドリ浜まで、また長い道のりを帰ります。夜になると、真っ暗で何も見えなくなるから、今度は美しい景色に目を奪われずに真っ直ぐ帰れる、なんて思ってたら、夜は星がとっても綺麗なんですね。山の中で車を止め表に出ると、しばらく鳥の鳴き声を聴きながら、星空を眺めてしまいました。もちろんハブにビビリ、足下を気にしながら。