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島尾敏夫『死の棘』と、割と身近な絶望

死の棘読書の秋ですね。先日読み終わった本をご紹介します。
奄美にゆかりの深い作家・島尾敏夫(1986年没)の代表作『死の棘』。
島尾敏夫といえば、晩年鹿児島県立図書館奄美分館長を勤め、その妻ミホは、加計呂麻島(かけろまじま)の出身です。二人は戦時中、加計呂麻で知り合い結婚しました。この作品は彼らが奄美へ居を移す前の、東京での一年間ほどの日々が描かれています。

率直に言うと、なんとも苦しい作品でした。
敏夫がミホから浮気を徹底的に執拗に責められ続け、彼はひたすら謝罪し、ミホと正面から向き合おうとするが、徐々に「狂気」へと突き進むミホの強烈な嫉妬心は、家族を巻き込み、心身共に疲弊してしまう。敏夫はミホの発作に振り回され、死ぬ死なないの問答を繰り返し、時々抵抗を試みても、結局妻を突き放し捨て去ることはできない。子どもたちはどんどん子どもらしさを失っていき、家族の心はいつしかバラバラになっていく…。妻の病気の不安、経済状態の不安、子どもたちの不安、世間との隔絶という不安、とにかくそんな不安渦巻く状況が克明に描写されていて、非常に苦しい。苦しいのだけれど、読むほどに、何故かその世界に引き込まれていってしまう。
ミホの夫に対する愛情の深さ、夫婦の絆というものの不思議さを感じずにいられませんでした。

私は結婚の経験が無いので、夫婦間の愛憎問題については何も語るべきことは無いのですが、浮気をするなら「死を覚悟してすべし」というのがこの本を読んで感じたことであります…。(皆さんがそこまで夫もしくは妻に愛されているかどうかはわかりませんが…)自分のために正気を失うほど愛してくれる相手がいたとして、敏夫のように命がけで向き合うことができるでしょうか?このとき、「死」を選び取ることは逃げることにほかならないと思います。
「浮気」…それは互いの心に不信感という火種を生み落とし、壮絶な闘いの始まりでもあるです。怖いですね〜。これは既婚者なら誰にでも起こり得る事態でしょう。「夫婦」というものが、子孫繁栄を根拠とする相対的な関係から、心身契約という絶対的な関係に置き換えられた時から、これは避けられない問題となったのだと思います。
夫婦は一番近い他人です。到底理解なんてできるわけが無い。でも理解しようとする努力を止めてしまった時、そこに何の繋がりが残るでしょう?ただの「共同生活者」という無味な現実では?敏夫は、ミホが彼の浮気の事実を目の前に突きつけるまで、そんな状況をミホに強いていたのです。ミホがキレたことは、当然といえば当然の報いであり、そんな風にキレられる敏夫は幸せ者だとも言える…と、私は思いました。

しかしこれが現代なら、浮気を責め立てられた夫は逆ギレして妻を刺し殺すか、妻は簡単に夫または愛人を殺してしまっているのでは??もしくは自殺か…。全く恐ろしいことですが、日々のニュースを見ていると、家族間、或いは他者との人間関係のもつれで相手に殺意を抱いた時、即実行に移してしまう人が増えているように思います。また自殺者の数も、この『死の棘』が発表された昭和50年代に比べると増加の一途を辿っており、死生観の希薄化、絶望的状況に対処できるだけの力が無くなっているか、或いは心が受け止めきれるだけのキャパシティを遥かに超える絶望的状況が増えているのではないかと思います。
絶望する原因も年々変化しているでしょうが、警察庁による自殺原因の統計を見てみると、昨年度は失業者よりも会社員の方が自殺率が高いのです。仕事が無い状況よりも、仕事を持っている人の方が絶望的状況に陥っている場合が多いということです。そして更に、主婦(主夫)の自殺率もそれに劣らず多いことが分かります。自殺の原因(遺言有り)としては多い順に健康問題、経済問題、家庭問題、勤務問題となっています。
そう考えると、敏夫はその全てを抱えながらも、負けなかった!不安と絶望まみれの日々でも、敏夫はそれを稀有な体験として受け止めていたのかもしれません。作家とはそういう生き物なのでしょうか…。そこに、何かヒントがあるような気もしますが。この作品を読む限り、彼は決して強い心の持ち主だったとは感じません。
この作品は『死の棘』という一見重苦しいタイトルですが、その意味を知ると、そこには希望が込められたものだと分かります。なかなか読み応えのある作品でした。気になる方はぜひ一読を…。そして秋の夜長に、自身にとっての「夫婦のあり方」を考えてみては…?
私はその前に、結婚そのものを考えねば…^^;


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